2009年4月5日日曜日

アメリカ ナッシュビルのフリーミール

1 ナッシュビル
ニューオリンズのジャズを満喫した私は、次にカントリーミュージックの本場であるテネシー州のナッシュビルにやってきました。8月の観光シーズン真っ盛り。ニューオリンズ同様、メインストリートはさぞかし賑わっているだろうと思いました。しかし、実際に歩いてみると、シャッターを下ろしている店も多く、レコード店はどこもほとんど客が入っていません。土曜日の午前中とはいえ、この静けさは何でしょう。

カントリーミュージックの生演奏をやっているカフェに入ってみましたが、やはりほとんど客はいません。Gパンにカウボーイハットのミュージシャンが演奏している曲は私の知らないものばかり。ミュージシャンにとって定番を演奏するのは面白いことではないかもしれませんが、「我が心のジョージア」とか「青い影」とかやってくれたらもう少し盛り上がるのではないかと思えました。例えばニューオリンズの小さなジャズハウスは、プログラムの最初と最後におなじみの「The Saints」(聖者が町にやってくる)を持ってくるなど、観客を盛り上げるための工夫をしていました。

店を出るとき、入口そばにいる従業員に聞いてみました。

㎞:あんまり観光客が町にいないようだけど、夜はもっと出てくるんですかね。
店員:いや、今日は、夜も来ないよ。
㎞:え?
店員:エルビスの誕生日だから観光客はみんなメンフィス(ナッシュビル同様テネシー州の町)に行っているのさ。

エルビスとはエルビスプレスリーのこと。1950年代に一世を風靡したロックンロールのスターですが、私の世代にはなじみがありません。もうとっくに亡くなっているのに、誕生日が一大イベントなのですね。故人の命日をしめやかに偲ぶだけの日本はずいぶん違うものです。

2.Kenとの出会い

店を出てインターネットカフェを探しますがなかなか見つかりません。前を歩いている人はコンビニ袋のようなものを右手に持っています。地元の人でしょう。

㎞:あのーすいません。インターネットカフェを探しているんですけど、この辺にありますか?
男:この辺のインターネットカフェは知らないけど、インターネットなら図書館で無料でできるよ。

アメリカの公立図書館は、無料でインターネットを利用させてくれるのですが、このときはそれを知りませんでした。

㎞:その図書館はどうやって行けますか?
男:案内できるけど、今何時?
㎞:ちょうど12時です。
男:俺、これから飯食べに行くんだよ。無料(Free Meal)を。
㎞:え?フリーミール?
K:興味あるの?

自宅への招待だったら、フリーミールとは言わないでしょう。誰かの家のパーティーに呼ばれているのでしょうか。

㎞:面白そうだけど、こんなカッコじゃご一緒できないですね。

私は、自分のビーチサンダルを履いた足元を指差して、答えた。

㎞:中米で荷物全部盗まれちゃって、靴もはいてないんです。僕の持っている荷物はこれだけです。

私は、パナマで買ったGパンのポケットに突っ込んであるコンビニ袋を取り出して、中に入っているTシャツ一枚とブリーフ1枚を見せた。

男の反応は意外なものでした。

男:問題ないよ。俺の荷物もこれだけだから。
㎞:え?

Kenと名乗るその男は右手に持っている袋を開けて見せてくれました。中には、新品ではない下着が数枚、煙草、ライター、髭剃り、封筒が一つずつ。

地元に住んでいる人だから荷物が少ないのだと思っていましたが、それが全部の荷物というのが本当だとすると、Kはホームレスということでしょうか。

確かに、彼の方からなんとなくすえた臭いがするのですが・・・、よくあるホームレスのイメージとは全く異なります。働き盛りの30歳前後・背筋を伸ばして歩く姿勢・長袖のシャツと靴・幸せそうな表情。

よく分かりませんが、持っている全荷物がコンビニ袋ひとつだけ、という奇妙な共通点を持つ青年の登場に、私は遠い日に生き分かれた兄弟に再会したような親しみを覚えました。

3.グレーハウンドの旅

㎞:ねえ、その手に持っている荷物以外に荷物は本当にないの?

K:そう。本当にこれだけ。

㎞:ナッシュビルに住んでいるわけじゃないんだ?(さすがに、ホームレスなの、とは聞きづらい。)

K: この町に住んでいるわけじゃないよ。夕方にも町を出る。グレイハウンドで。パスPassを持っているから自由に移動できるんだ。

㎞:へー。そりゃいいね。でもパスって高いんでしょ?

K: 政府から毎月補助金を500ドル(約5万円)もらえるんだ。それでグレイハウンドのパスをは十分買える。

Kはホームレスではなくて、旅人だったのです。月々の予算は5万円の。まるで現代のキャラバンのように。グレイハウンドを宿代わりにして、移動もできるなら、旅好きにとっては一石二鳥です。

政府補助が連邦のものなのか州のものなのか、失業保険に相当するものなのかそれとも生活保障なのか、詳細は聞きませんでしたが、意外に計画性があるんだと感心しました。

㎞:じゃあ、Kは、アメリカ中を旅しているんだね。

ところがKは言ったのです。

K: いや。俺は、テネシー・カンザス・オクラホマとその周辺しか行かないんだ。

km: え?? パスがあるんでしょ? いろんな町へ行けるのにもったいないジャン!

K: まず俺は、人の多いところは苦手なんだ。だから大都市は行かない。

私は、97年ブラジルのアマゾンのど真ん中に住んでいた日本人、Nさんの言葉を思い出していました。「都会にいると自分を失う」といったNさんを。

Kはつづけます。

K: それに、ディープサウスは奴隷Slave、東部はミリシアMilitia、北部と西部はきちがいCrazyばっかりなんだ。

私は、もう大爆笑です。

ミリシアの意味が分かりませんでしたが、ペンシルベニアなどに暮らしているアーミッシュ(信仰に基づき現代文化を拒み自給自足の生活を送っている共同体)だとKは言っていました。アーミッシュなんてペンシルバニア州にだって数万人しかいないでしょうに。

4.フリーミール

Kが連れていってくれたフリーミールの会場は、やはりパーティーではありませんでした。xxxFoundationと書かれた看板が入口にあります。慈善団体の施設のようです。小さな赤茶色の扉を開くと、ひんやりとした空気。冷房がかかっています。

中は50畳ほどあるでしょうか。一昔前のスキー・ゲレンデのレストラン(スキー靴のまま入ってこれる様式)のような感じで、木製の長テーブルがたくさん並んでいます。

私は、日本の慈善団体が公園で行う炊き出しのような仮設のフリーミールを想像していたのですが、この団体は専用の場所を確保し、職員を雇い、毎日食事を提供しているようです。

入口を入ってすぐのところにノートがあり、Kが何か書いています。

K: 名前書いて。適当でいいから。

ノートに書かれた彼の名前は、「Ken Catbird(猫鳥)」。そこまで適当にしなくても・・・と笑いながら、私は思いました。ここに来る人の多くは、追及されたくない過去がある人で、名前を聞かれること自体抵抗があるのではないかと。

それでも設営者側で記録をつけるのは、恐らく、職員の食糧横流しなどを防ぎ、利用者数を正確に把握して、提供する食糧の量を決めるのに必要だからなのでしょう。

名前を記入し終わると、エプロン着の職員が、仕切りが入ったステンレスのプレートを渡してくれました。あとは、順番に並んで、おかずを盛り付けてもらいます。昔懐かしい給食のように。

私たちの前に並んでいる男性は、「大盛りにして」と職員に頼んでいましたが、職員は「もっといれる?」という感じで愛想よく対応していました。ファーストフード店よりよっぽど感じがいいです。

その日のメニューは、以下の通りでした。
・スープ
・牛肉片の入ったジャガイモの煮込み
・コールスロー
・ブルーベリーマフィン
・パン(スライス状。茶色でちょっと固いタイプ)

パン・コーヒー・水はセルフサービス。

ジャガイモの煮込みは私にはちょっと塩辛く、入っている肉も硬かったですが、アメリカ人の好みには合いそうでした。ブルーベリーマフィンというデザートまでついているのは期待以上でした。パンは食べ放題なので、大食漢のアメリカ人でも量的には問題ないでしょう。

改めて、室内を見回すと、ランチタイムであるにもかかわらず、利用者は20人くらいしかいません。普段はもっと利用者がいるのではないでしょうか。たぶん、観光客の移動に合わせ、実入りの良いメンフィスに移動している人が多いのかもしれません。

利用者は見事に男ばかりでした。都会では女性のホームレスも見ますが、田舎では何かと困難があるのでしょうか。人種は約半分は白人で、残りは黒人もヒスパニックです。もしかして私が施設初のアジア系かもしれません。

5.Kの夢




*Catbirdは猫のような鳴き声をする鳥のようです。ネコマネドリ。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%B3%E3%83%9E%E3%83%8D%E3%83%89%E3%83%AA

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