2009年3月22日日曜日

フランス パリのアラブ人街ハマム

パリのハマム

メトロのブルーラインは凱旋門など観光地をカバーしているのでパリに来ると度々使う。
パリ北駅からBarbesRochechouartの駅でメトロのブルーラインに乗り換えるときホームから見えるネオンサイン。「Hammam」。

ハマムとは、中東・北アフリカで良く見られる大衆浴場のこと。旧仏領マグリブ諸国(モロッコ・アルジェリア・チュニジア)からの移民が多いフランスにハマムがあっても不思議ではない。けれど、夜にはピンク・紫・緑のネオンが怪しく光るその店は風俗店のようでもあり、会員制クラブのようでもあり、なにかのアジトのようでもあり、見るたび気になっていたのだ。

チャドビザ申請に行った帰り道、旅行代理店に用事があったので、たまたまBR駅で降りた。用事を済ませ、まだ明るいうちなので、例の店が本物のハマムかどうか確かめてみることにした。真冬のパリは私には寒すぎる。風呂に入って体を芯から温めたい。

店の前まで歩いて来たが、ハマムの看板の下の大きな木製の外扉は閉まっている。ドアノブ付近には「10時から19時まで」と小さな貼紙。営業時間帯のはずだが、出入りする人もない。やっぱり何だか怪しい。ヤクの受け渡しにでも使われそうな雰囲気だ。いったん周りを散歩して後で戻ってくることにした。

あたりはアラブ人街で、アラブ風装飾品、アラブ雑貨(水パイプ・タジン用の食器など)やアラブの音楽CD・軽食店などがごちゃごちゃとしており、活気があって楽しい。アラブの民族服を着ている人は5%くらいだけれど、店員や歩行者も8割方アラブ人という感じだ。

雑貨店兼電話屋に入ってジュースを買う。店内には電話ブースが並んでおり、大きな声がブースの扉越しに店内に響いている。故郷の家族に国際電話を入れているのだろう。西ヨーロッパの町どこでも見られる光景だが、特殊なのは、アラブ人しかいないこと。カウンターに置かれている募金用の缶にもアラビア語しか書かれていない。

マグリブ諸国出身と思われる店員はシムカードの使い方が分からない客にかかりきりで、私と話す余裕はない。

店内を見回して私は彼らがアルジェリア人だと確信した。カウンターの奥にジダンのポスターが貼ってあるのだ。アルジェリアとライバル意識の強いモロッコ人ならこれはない。

フランス・サッカー界のヒーロー、ジダン(Zinedine Yazid Zidane、通称ジズー)はアルジェリア系の両親を持つ。本人はフランス生まれフランス育ちだが、アルジェリア人にとってそんなことは関係ない。ジダンはすべてのアルジェリア人の誇りであり、彼らの中では生粋のアルジェリア人なのだから。

喉を潤したところで、例の「ハマム」に戻ったが、外扉は閉まったまま。どうしたものか、と思っていると、左隣の雑貨屋のアラブ人のお兄さんが声を掛けてきた。

男「どうした?」
km「ねえ、ここはハンマームなの?」
「m」の音を思いっきり力ませて、体をこするジェスチャーを付け加えて尋ねる。そうしないと、アラブの国々では、トイレに連れて行かれたり、鳩料理を食べたいと勘違いされてしまうことがあるのだ。
男「そうとも」
km「開いているの?」
男「開いているさ。横にあるブザーを押して入るんだよ。」
まともな店なのか彼に聞いてから・・・と思っていたが、世話焼きのアラブ人はすでにブザーを押してしまっていた。

電子ロックが解除された。私は彼に礼を言って、重い外扉を開けて中に入る。薄暗い道が奥へ続いている。観光客が来るのは場違いな雰囲気だ。闇の中で黒いアラブ服の太ったおばちゃんとすれ違い、一瞬ぎょっとするが、もっとぎょっとしたのは彼女の方かもしれない。20mほどまっすぐ進むと、正面に入口らしいドアが。

ドアを開けると中は明るく、50歳くらいのアラブ人のおじさんが、番台のようなところに座っていた。温かく湿った空気が漂っている。色気のない庶民的な雰囲気。重い扉の向こうに別世界が広がっていた。

番台の後ろには、入場料がフランス語で書いてある。

「入場料21ユーロ
Gommage5ユーロ」

入場料だけで約2700円は、ちょっと高い。外に貼ってあったなら入らなかったかも、と一瞬後悔するが、ここまで来たら引き下がれない。ゴマージュという単語は初めて見たが、アカすりマッサージのことだろう。

料金は後払いのようで、ロッカーの鍵を渡され、地下に行くように言われた。アラベスク模様のタイルの階段をおりていくと、区立体育館のプールのロッカー室のようなところに出た。

風呂上がりと思われる短パンの老人客がいたので、ロッカーの鍵を見せて場所を聞くと、ここだよ、と連れて行ってくれた。

老人「君はベトナム人?」
km「いや、日本人です(苦笑)。旅行者です。おじさんは?」
老人「アルジェリア人だよ。」
km「パリには長く住んでるんですか?」
老人「そうだな、30年くらいだね。」
30年というと、アルジェリア独立後の移民ということになる。アルジェリア独立戦争を体験しているはずの世代の老人。100万人もの死者を出しながらやっとフランスから独立を勝ち取ったのに、アルジェリア人がフランスに流入し続けている事実をどう受け止めているのだろうか。そして本人はなぜ故郷を捨てて移民したのだろうか。もっと話をしたかったけれど、まずは風呂だ。

km「ところで、ここははどんな感じですか?」
老人「とってもいいよー。今日は朝からここにいたんだ。」
もう午後3時なので10時の開店からは5時間だが、そんなに長くいるようなところなのだろうか。

私は服を脱ぎパンツ兼用の短パン一丁になると、ロッカーに鍵をかけ、鍵を手首に巻きつけて、裸足で浴場に向った。

ロッカーを出て左に行くと、風呂上がりに寝転がって休める空間。北アフリカのハマムでよく見るタイプだ。シーツのようなものを巻きつけてごろ寝している人が2人。

奥の扉を開けると、もわっと温かい蒸気。いびつな50畳くらいの空間に、アラブ人ばかり15,6人の客がいた。若い人も若干いるが、50代60代が中心だ。短パンやブリーフをはいている人もいれば、店のビニール製腰巻をまいている人もいる。

室内は伝統的なハマムの形状ではないし、採光窓もないけれど、ピカピカで清潔。本物のハマムだ。体を洗っている人、寝そべってマッサージしてもらっている人、少し高くなっているところで気持ちよさそうに寝ている人。

さらに奥の扉を開けると、スチームサウナ。中仕切りで隔てられた6畳くらいの空間が2つ。ハーブのにおいがする。白いタイルの上で寝ころがっている人にならって私もしばらく温まる。

ひと汗をかいたところで、アカすりをしてもらおう。タンクトップを着て先客の体をこすっている従業員に、アカすりのジェスチャーをすると、「分かった。ちょっと待て」。

客同士は、常連なのだろう、顔見知りが多いようだ。フランス語で話している人も若干いたが、ほとんどはアラビア語で話している。北アフリカのハマム同様のなごやかな雰囲気。昔の日本の銭湯もそうだっただろう。

奥まった空間では、アラブ式トレーニングをやっていた。

「アラブ式トレーニング」とは何かというと・・・。トルコ・イラン・アラビア半島のハマムではまったく見ないが、北アフリカのハマムでは、ハマム従業員と組んで運動している客がいるのだ。ハマムの従業員がにわかトレーナーになって、ジムを兼ねているわけだ。

リビアの温泉で見たトレーニングは壮絶だった。プールサイドで、仰向けになった超肥満体の客が、トレーナーと向かい合い手を握り合って、トレーナーをその客のももに乗せたまま、腹筋運動をしていた。もっとすごかったのが、プールの中。温泉プールの底に客がうつぶせで寝そべり、それを浮かんでこないようトレーナーが足で押さえつけていた。

このパリのハマムで見た客とトレーナーもとても熱心。客は40過ぎと思われるが、腹筋が割れている。柔軟・腹筋・背筋など見慣れた動作は勿論、珍しい体操も。うつぶせになった客は両手を頭の後ろで組んで、トレーナーは馬乗りになって肘を持ち上げ、左右に捻ったり。トレーナーが客を逆さ吊りしてみたり。こんな湿度・温度の高いところで激しい運動をしてのぼせないのだろうか。会話はアラビア語なのに、体操の号令だけはフランス語なのもおかしかった。

さて、私のアカすりの番だ。私はすでにのぼせてふらふらする体を床に横たえた。韓国式マッサージのようなアカすり台があるわけでも専用部屋があるわけでもない。客が体を洗ったり談笑している真ん中のスペースの床に寝そべるだけだ。仰向けになりうつ伏せになり、パンツの中以外は綺麗に垢を落としてもらった。約15分。爽快。

「マッサージはどうか?」と私の二の腕をもみながら聞いてくる。いくらだ、と聞くと、「20ユーロでどうだ」と聞いてくる。交渉制のようだ。パリで値段交渉なんて初めてだ。ここはもうアラブ圏といっていい。(km)「20ユーロは高いよ。8ユーロでどう?」。結局10ユーロで話がまとまった。高さ1mくらいのテーブル上の空間に移動する。首の骨をごきごき鳴らされる以外は足や上半身の筋肉をほぐす普通のマッサージだった。

風呂上がりには、清潔なバスタオルをはおって、くつろぐ。階段下のリネン室でタオルにアイロンを掛けているおばちゃんに声を掛けて缶ジュースを出してもらう。おばちゃんは上階の番台に向かって叫ぶ。「日本人、缶ジュース2本よ!」伝票などはなく番台で注文ごとにつけておくようだ。

マッサージしてくれたおじさんも浴場から出てきて、「日本人にゴマージュと10ユーロのマッサージをしたぞ!」と上階に向かって叫んだ。

おじさんは、ミントティーをおごってくれた。北アフリカですら冬場は粉末ミントを使うと聞くが、どこで入手したのか生のミント葉が入った本格的なお茶だ。茶をすすりながら話すと、おじさんも周りの客も皆アルジェリア人だった。この回りの一角がアルジェリア人街なのだそうだ。このハマムは在パリのアルジェリア人の小さな社交場なんだろう。

着替えて、1階に上がり、番台で支払をした。入場料・アカすり・マッサージ・ドリンクで約4500円。私のホテル代より高いが、体は温まってさっぱり、大満足である。

でも、アルジェリアでは200-300円で入浴できることを考えると、在住アルジェリア人にとって21ユーロの入場料はちょっと高いかもしれない。きっとアルジェリア人割引でもあるのだろう。そしてアルジェリア人以外ほとんど来ないこのハマムで表示額通り21ユーロ支払う客はほとんどいないのだろう。

今回訪問したハマムはアルジェリア人ばかりで、チュニジア人・モロッコ人がいなかった。ということは、きっとモロッコ人用のハマムがモロッコ人街に、チュニジア人用ハマムがチュニジア人街にあるのだろう。

ひとくくりにアラブ人街と思っていたパリの一角が重層的で奥深いものと分かった。今度パリに来る時にはもっと探索することにしよう。美術館めぐりよりもずっと楽しいはずだ。

(2008.12)

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