2009年2月11日水曜日

ロシア 映画「12人の怒れる男」

「ルムンバの叫び」のついでに最近見た映画3本の感想も書いておきます。記憶の彼方に押しやられてしまう前に、備忘録として。

「12人の怒れる男」は、2008年のロシア映画。ベネチア映画祭の特別銀獅子賞を受賞、アカデミー賞外国映画賞ノミネート。アメリカ映画「12 Angry Men」のリメイクということだが、それを意識しなくても十分楽しめる。私自身は、「オリジナル」のアメリカ映画はクラシック過ぎてあまり楽しめなかったが、ロシア版「12人の怒れる男」は、チェチェン問題や現在のロシアが抱える問題やロシア人のものの考え方がよく描かれておりとても興味深いと思った。監督は「黒い瞳」のニキータ・ミハルコフで、本人も陪審長として出演している。(以下ネタバレ注意)



私は公式HPで予告編を見ていたため、鑑賞時には半分「ネタバレ」で粗筋が読めたのが残念。もしこのブログを見てくださっている方がまだ映画を見ていないなら、以下を読む前に映画を見ることを強くお勧めします。

養父を殺害した嫌疑で拘束されているチェチェン人の少年の有罪・無罪を陪審員12人が裁定することになった。

当初は「悪い奴だ。有罪に決まっている。さっさと評決して家に帰ろう」というムードいっぱいの陪審員たち。ところが、一人の陪審員が主張する。「一人の人間の一生がかかっているんだ。少なくとも議論を尽くそう。」

男はさらに自分の身の上話を始める。一度は人生に躓き自暴自棄になっていた自分が、人とは違った物の見方をする一人の婦人のひとことで救われた話を。

「思慮深さ」を民族の美徳とするユダヤ系の男を皮切りに、無罪票が少しずつ増えてくる。陪審員それぞれの過去や孤独を語りながら。

無罪票が有罪票と拮抗するころになると、陪審員たちは配役を決めて殺害現場を再現することになる。法廷で証言した足の不自由な老人が、ベッドから起き上がり犯人が逃げていくシーンを見ることがいったい時間的・物理的に可能なのかを、裁判上の証拠に照らして検証していくのだ。チェチェン人のナイフの扱い方・チェチェン人の気質・証人の証言が嫉妬に基づくこと・少年に濡れ衣を着せることで利益を得る真犯人の存在・・・さまざまな要素を吟味する過程で、当初頑なに有罪を主張していた陪審員たちが少しずつ翻意していく。

ここまでは大筋で予測できる展開だった
。しかし、「全員一致で無罪」と思われた瞬間、陪審長が言う。

「少年は無実だがあえて有罪とすべきである」と。つまり、チェチェンの実の家族を戦争で失い養父も殺害された少年は身寄りがない上にロシア語も不自由。そんな少年が釈放されても真犯人の組織に抹殺されるだけだ。結局無罪評決は死刑宣告に等しい。それならばむしろ少年を保護するために当面刑務所に収容してもらうべきだと(ロシアは死刑制度を廃止しているのですぐに処刑されることはない)・・・。

芸術家の陪審長は自分が「元将校」であったと明かし涙ぐむ。自分たちの部隊が招いたチェチェンでの悲劇に引退した今も苦悩し続けていることをうかがわせる場面だ。チェチェンでの惨状を身をもって体験しているだけに少年を何とか保護してやりたいのだろう。それともチェチェン人に対するせめてもの罪滅ぼしだろうか。

ラストシーンは戦闘シーンではないし音もないけれど、ビジュアル的にはかなりショックである。廃墟となり死骸が転がるチェチェンの町を犬が駆けてゆく。何かを咥えながら。

コメディの要素
チェチェン問題・殺人事件という重いテーマを扱っているにもかかわらず、まるでコメディ映画のような軽快さがある。「ロシア、しょうもねぇー」「ロシア人、馬鹿」という自虐的な笑いの要素が全編にちりばめられているのだ。まず陪審室が学校の体育館。子供たちを掻き分けながら、バスケットボールなど運動用具に交じってクラシックなテーブルと椅子が並べられている「陪審室」に向う。共産主義時代に誰かが隠した配給物質、情事の後をうかがわせるブラジャー、麻薬吸引に使ったと思われる注射器、細かく見ていくとかなり楽しい。
また登場人物のキャラクターが特徴的で笑える 差別主義者のタクシー運転手、時代錯誤の共産主義者、西欧かぶれのマザコン社長、裏ビジネスに詳しい男・・・脚本が非常によく練られていると思う。

チェチェンの文化・気質
ナイフを振り回しながらのダンスと言えば、イエメンのジャンビーアダンスが想起されるが、スピード感・テクニック・緊張感はこの映画で出てきたチェチェンのダンスと比較にならない。チェチェン兵のみならず、年端もいかない村の子供やさえない中年の医者までこれをやるのである。映画用の演出にすぎないのかもしれないが、単純にかっこいい。また、この映画で触れられるチェチェン人の気質が江戸時代の侍のようで不思議な親近感を覚えた。「決して言い訳をしない」、「目上の者に逆らわない」、口先だけの脅しはせずに勇敢な行動に即座に出る等。これらは、武士の美徳・作法とされた潔さ・忠義・信義・・・そういった概念に相通じるものがあるように感じた。いつかチェチェンが平和になったら是非とも訪問したいものだ。

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